子育ての闘いの中

ただ、日本におけるその実態はというと、あまりに記憶中心つめ込み教育に偏重しており、それが子どもの多様な創造性を阻害するという弊害を生み出しているのです。
日本では今日も、せっせ、せっせと暗記中心の教育が展開されています。これでは、未来に描く創造的社会は夢物語になるでしょう。本物の知的創造力を開発しつづける日本国でありたいと思います。そして単に科学技術のみではなく、精神文化でも、教育でも、芸術でも、真に良質で高度なものを、世界に与えつづけられる日本をつくりあげたいと切に願います。
教育ママという言葉は、受験、つまり暗記中心の試験結果に一喜一憂するあまり、望ましくない母親の姿をイメージさせてきました。しかし、今述べたような本当の意味での教育、日本が世界への知的貢献国になれるような教育をめざすなら、私は日本のお母さんにおおいに教育ママになってほしいと願います。
児童発達支援の子供に知ってもらう

子どもの発達について

信じることのできる母親だけが、一人ひとりの子どもの独創性,個性を知り、教育への足がかりを提供できるのですからそうした簡単な伝言メモからでも、母は子に書く習慣をつけてほしいかつて担任をしていたクラスの弘明が、こんな日記を書きました。

社会科の時間に本をさがしにいって、北海道の酪農のことがのっている本を見つけた。ぼくは本をもって、いそいで教室へ入った。ぼくは和友人のつくえにむかった。そして和のコメツキ虫がつくえの上においてあるのを知らずに、本をどすんとおいて、虫をペちゃんこにしてしまった。

 

母さんでしょ。


母さん大変だよ。

悪いことをしたと思った。和は図書館にいた。ぼくはこまったなあと思った。浮田がおそう式をやろうといった。ぼくはしらん顔をしていたが、心の中ではさんせいだっ帰りに班の人でおそう式をやった。ぼくはいかなかったまどから見ていた。そして和、尾形、松谷、浮田、安久、泉が帰ってきた。ぼくはまどのところで、手と手をあわせておじぎをした。
帰りに、みんなはただうめただけだから、ぼくはうめた上に板を立ててやろう、ついた。そして夜実行した。もちろん和にはないしょだと思い一方、直樹はこう書きました。

五時間目の北海道調べの時、牧野がコメツキ虫の上に、本をバタンとおとして殺してしまった。それをみて、和が牧野をおこった。そのことでケンカになった。でも和がおこるのもむりはなかった。
子どもに実施してみたことがあります。

子供におやつをつくそして帰りにおそう式をすることになった。
薄情にも、牧野は出席しなかった。
ぼくは、頭のてっぺんから足のつま先までおこって
いた。おそう式の時、じゃあ、みんなでもくとうするぞーいっせいのせ!ぼくは心の中で1分かぞえた。明日学校へ来たら、はかをおがんでおくこと。いい!ぼくがてぃぁんしたコメツキだって生きているんみんなが帰ったあと、だ!と思ったぼくはたとえ虫でも命は命私はこのふたつの日記を、学級通信に載せました。弘明の優しさ、直樹の正義感の強さが行間ににじんでいます。和の怒りも、直樹の憤りも、心の優しさから出ています。
学習塾に通わせることにもなっています
学習塾に通わせることにもなっています

しつけ上手

練習でも地をはうような球がきます。知らずに虫をつぶしてしまった弘明の行為を、虫を思う激しいその優しさゆえに、見落としてしまったのかもしれません。
心を込めて虫をとむらっている五班の姿勢もいい。そして弘明言いわけをしていません。照れ屋で負けずぎらいの弘明は、知らん顔をすることでしか、申しわけなさをその時点では表しきれなかったのでしょう。
心の中でさんせいし、まどからみていた。そして手と手をあわせておじぎをすることで、精一杯の申しわけなさを表した弘明。
やはり殺してしまったのは自分だから、何とか自分の手でとむらってやろうとする、その誠実さが底にあります。和にないしょも、弘明らしい。コメツキ虫も、きっと許してくれると信じたい。こういうコメントを書きました。
その後の彼らを見ていると、やっぱり変わっていきます。子どもの底力を思います。
子供に多少の教科の好き嫌いがあると思います。

いじめの番長ぶりがすごかったのです。

書〈ことによって、はっきりと自分を変える意志表明をしているのです。書くことによって傷つく人と、救われる人がいます。子どもには、救われる免疫が無限にあります。このことをぜひ、お母さん方に知ってほしいのです。
書くことによって、思想が質的変容をしていくとも言えます。書く作業は坂道を登るような作業であるかもしれません。しかし子どもは、スキップをしながら駆け登っていきます。苦しんでいるようでも、自分を楽しませる術を知っているのです。それが子どもです創造力がついていきます。
だから、子ども書くことによって、表現することによって、に書き抜かせるべきだと、私は思いますそれには、母親自身が日常生活のなかで折にふれ、書くことの見本を示すべきだと思います。日記でも手紙でもメモでもいい。母親が留守をするときの簡単なメッセージ、電話を取りつぐ伝言メモでさえ、ひとこと何か書き添えることによって、面と向かった会話と違うものが伝わります。

教育勅語の一大方針だった考えてみれば戦いに行き