子どもに教える

子どもの時

うろ覚えで自信がなかったのですが、何とか用をすませることができると、相手はすっかり喜んで、何度も感謝の言葉を言って帰っていきました女性職員が帰宅後、その話を母親にすると、母親はひとことよかったね
とだけ言い
ました。娘は「お母さんは、私がこういう話をすると、いつもよかったねと言うね」
としみじみ言いました。けげんな顔の母親に、娘は「こういう話をすると、偉いねとかすごいねとか言う人が多いけれど、そういう言い方をされるといっもしらけてしまって、言わなければよかったという気持ちになる。

子どもがいます。

お母さんのよかったねという言い方、好きよ」と話したといいますよかったね偉いねという言葉は、どちらもほめ言葉に聞こえます。しかし実は、大きなニュアンスの違いがあります。偉いねという言い方は、客観的な事実、あるいは言う側の評価を述べているにすぎないということです。キュリー夫人は偉かったとか、エジソンはすごかったと言うのと同じで、発言者の心が表現されていません女110六その点、よかったねという言葉には、共感の意味が含まれています。さらに言えば、あなたのような子どもを持って幸せだという、母親の幸福感までもが含まれています母親は、自分の気持ち、自分の幸福感を子どもに率直に伝えてほしいと思います。

 

中学の三十五年ぶりのクラス会です。

教育に活かして欲しいと考えてるんですそういう意味教育熱が高まっている

子どものわずかばかりの長所でも、心の底からそれに共感することで、自分の幸せを伝えてほしいと思うのです。
アドラー心理学では、それをYOUメッセージから1メッセージへという言い方で表しています。つまりあなたは偉いではなく私は幸せと言ってやるほうが、子どもはずっと幸せな気持ちになれるということです。
母性の行きつくところは、地球との共生環境問題などに無関心だった母親が、それに関心を持ちはじめるのは、子どもがきっかけになることが多いものです新聞や雑誌などに、合成洗剤や添加物の危険性などの記事が掲載されていても、ほとんど目に入れることもなかった女性が、自分自身に子どもが生まれて初めて、自分にも関係があるのだということに気づきます。

子どもたちの発達子どものお尻がただれてまっ赤になるという現実を目にするまで、石けんは匂いだけで選んでいたのに、その成分まで調べるようになったするのです無添加の食品を買い求めようとしても、困難な問題があることもわかってきます。たとえば、お茶です。戦後間もなく、ひとりの篤志家が、農薬の使用を勧める団体とけんかをしながら仲間を集め、守り育ててきた無農薬のお茶がありました。それが、わずかな放射能が検出されたために、ある日突然、出荷停止になったのです例のチェルノブイリの放射能もれが、世界中を震えあがらせたころの話です。
経験と思慮の足らないところ
経験と思慮の足らないところ

体験を頭の中で追

子どもはほっとした表情をしていたということです。遠く日本のお茶産業にまでチェルノブイリの放射能が影響を与えてしまったことを知ったとき今度は否応なしに、エネルギー問題に関心を持たざるをえなくなりますそして、チェルノブイリの事故の後遺症は今もなお続いていて、多くの人々、とくに子どもたちが苦しんでいることを知ることになります。日本人はお茶が飲めなくなった程度ですんだけれど、汚染されているのを承知で、野菜や肉を口に入れなければならない人々の苦しみや悩みを、自分のこととして共感するようになります福沢諭吉は立国は公にあらず、私なりと言いましたが、現代人の私感覚は、立国どころか、地球をどう成り立たせ、存続させるかというところにまで広がっているといぅことになるでしょう。

母親に強くなることもありましょう。

今までは地球って何だと言われても、地球という言葉自体が、観念的で遠い世界のことのように思われていました。それがこのような現実を突きつけられて、人類が生き残れるかどうかという問題にまで意識を持ち上げ、あるいは逆に、プライベートな家庭的課
題として、次代を生きるわが子の生命にかかわるものという観点から、ればならなくなりつつあるということではないでしょうか。
身近にとらえなけ環境問題のひとつの課題として、エネルギーに関心を持ちはじめると、地球上に存在するエネルギー源、石油も石炭もあと数十年後には枯渇してしまうという情報も耳にするようになります。そして、原子力発電がさまざまな危惧を内在させ、プロメテウスの火として不安がられる要素を秘めているということになると、次のエネルギーをどこに求めようかということを考えなければならなくなります。母親まかせにしました。


教育熱が高まっている 学校の責任にすることができる。 子供に見せては困るような記事がたくさんある。