学校はほかにないよなあ

子供にこんなことを言われたそうです私たち

息子と父親の関係と、母親と娘の関係は、かくてまったく異質なのですね男の子にしろ女の子にしろ、親子の間には一定の距離と理性的対応が必要で、それにはやはり父親の家庭におけるプレゼンスはのっぴきならず大きな意味を持っていると私は思います子育てはやり直せない子育ては、一回こっきり、やり直しがききません。
それは絶対に不可能です。
あ、しまった、失敗だった、もう一回やり直そうと思っても、だからこそ、子の親となるには、それなりの覚悟が男女とも必要だと、かなくてはなりません。よくよく覚悟して始めるべきだ。
私は強調しておしたがって、子育ては女親に任せておけ、なんて考えは大間違いです。
両親がそれぞれの立場で公平にコミットしてこそうまくいくのだろうと思いますが、さらに言えば、子育ては父親がやるものだというくらいに思っておくとちょうどいい。
子ども時代のことを聞いてみると、各分野で大成した人たちに、だったといいます。

しつけの基本です。
しつけの基本です。
才能はないけれど
才能はないけれど


成績がよい

教育より十倍教育のもとがいっぱい転がっています。多くは父親が一生懸命そのぐらい父親のプレゼンスは、子どもを育てていく上で重要なことで、子育ては母親に任せているという父親は無責任きわまりない。それで大した子どもが育たなくても、まあ仕方がないと思うべきでしょう。なのに、そういう無責任な男に限ってうちの子はどうしたんだ。おまえの育て方が悪いからだと子育ての失敗に関して母親を責める図式がよくあるのは、まったく言語道断だと言わなくてはなりません。こういう男はつまり知的に物を考えたことのない愚か者なのであって、まずもって反省すべきは己自身であり、そオをしないで凄を責めるなんていうのはもってのほかです。

母親の偉いところです。

子供を可愛いと思うのは当たり前です。おのれこの頃しばしば起こる母親による子殺し、または保護者遺棄致死事件でも、その母親だけが逮捕されて、父親はどうかすると被害者みたいな顔をしているなんてことがあるのはとても信じられない。そういう事件にあっては、父親よ、おまえの責任だぞと、私はいつも心の中で叫んでいます。
家庭内暴力にも様々あって、父親が子どもをぶん殴る、子どもがバットを持って暴れる母親が酒を飲んで暴れる、いろいろだけれども、いずれの場合も父親に問題があると私は思います。仮に奥さんが大酒飲みでだらしないというなら、それは凄として母親として寂しいからかもしれない。夫として父親として十分な存在感があって、話し相手として楽しければ、どうして飲んだくれて暴れる必要がありましょうか。子どもの意欲を高めることです。子どもが暴れる場合、しばしばその両親は大人しくお人好しの夫婦だったりして、あんなにいいお父さんとお母さんなのに、というようなことが珍しくないが、それは外から見たことで、家庭内は違ってるはずだと私は考える。父親がただただ真面目で、妻にも子どもにも何も言わない人だったとか、ぃたずらに道徳的なことばかり言って子どもの気持ちをまったく理解しなかったとか、逆に、何かと言えば子どもをぶん殴って言うことを聞かせていたとか、大体こういうところに分類されるでしょう。
そのどの場合であれ、一番の問題は日常における会話の欠如です。
ての問題は生起すると言ってもいいだろうと私は思っています。
会話の欠如からすべ会話は、家庭において非常に大事な要素ですが、ところが会話が大事というと、多くは

子供を観察していれば

「子どもが大きくなってきたら、いかに生きるべきかについてお父さんと話し合おう」というようなことだと誤解されるのだけれど、私が言うのはそんなよそよそしいことではありません。そんな会話は、じつにそらぞらしい。私の言う会話はすなわちおしゃべりのことです。つまり会話と書いておしゃべりとルビをふりたいと思います。
大切なのは、家の中にいきいきとしたユーモア溢れるおしゃべりが存在していることです。ばか話でも失敗談でもなんでもいい。子どもにとって母親の話というのは多くのばあい身の回りのことや、こまごまとした注意なんかが主で、大体あまり面白くないものですが、父親の話は、もっと世界が広くてどこか面白いところがあるという一般的傾向がありましょう。


母さん好き

それがもっとも望ましいことで、そのおやじのばか話に、あきれながらも聞き入って、それで、それで?と促したりする。それが会話おしゃべりなのです。
そういうことの積み重ねから、おたがいの人間性もよく分かり、意志も伝達されていきます。何か特段の問題が起こった時に付け焼き刃で話したってダメです。

独立心の形成は家庭から

家の中は子ども天下子どもが生まれてから、私の家の中の空気はまったく変わりました。
すべてが子ども中心になったからです子どもの寝起きや食事や喜怒哀楽を中心にして、私たち夫婦はそれを危なくないように保護し観察し、一生懸命になって、そして楽しんできました。母親の理想的なタイプ


教育のもとがいっぱい転がっています。 学校はほかにないよなあ いじめている者にとって