教育熱が高まっている

子供と一緒に考えてあげるのが親の役割なのです。

小学校低学年の発達過程
子どもを使うことができるという思想もありました。

家に帰ってきたのが、たしか夜中の二時か三時ごろでした。
中学生のときには、けんかが強かったせいか、決闘なんてこともやりました。いじめられている子を助けるために、竹刀を持った相手側十人に飛びかかっていって痛めつけたら今度は相手側が決闘を申し込んできました。場所は青山墓地。当時は石原裕次郎の錆びたナイフがはやった時代で、不良たちはチェーンを持ったり、ナイフを持ったりしていて、映画の主人公気どりでした。
しない当然、相手がそういう武器を持ってくることはわかっていたから、こちらも道場で空手を身につけ、長い棒を持って決闘場へと、ひとりで乗り込みました。
子どもといっしょにいる時間が長い場合

子どもに体得させるだけでなく

結果は、十人を叩きのめしたこちらの勝ち。以来、相手方との争いはまったくなくなりました。
こういうガキ大将だった私に、母親はどのような対処の仕方をしたか。まずパチンコの件では、私をこらしめるために、銀杏の木に縄で私をくくりつけようとしました。しかし小学生ながら相撲大会の中学の部で五人抜きしたぐらいの身体を持っていた私でしたからいちよう
なかなかくくりつけられずに、結局、母親はあきらめました。
「バクチだけはやっちゃいけない。おまえはのめり込む性質だから、と叱られた記憶があります。
博徒になっちやうよ」
いかだ下りのときには、夜中まで帰ってこない私を心配して、仏壇の前に正座しながら自分の寿命が短くなってもいいから息子だけは助けてと、手を合わせていたらしいのです。

子どもが叱られる

私が夜中にひょっこりと戻ってきたときには、叱りつけて殴りとばしたかったそうですが、そこをグッと我慢して、お帰りなさい、ジョン万次郎と言って、用意していた豚汁を出し、これを食べて寝なさい
そして決闘事件のときには、人との争いごとが大嫌いだった母親なのに、それは正当防衛だよとひとこと言って、あとは何事もなかったかのように平静を装っていました。
しかし、その母親に、一度だけ、本当に火の出るほど叱られたことがありました。母親が死ぬの生きるのと口にしながら私にすごんで見せたのは、後にも先にも、このときだけです中学三年のときに、私の仲間が万引きをして警察に呼ばれたことがありました。私の潔白は証明されましたが、母親はなぜか許してくれません。
「友だちの万引きを止めなかったのは、おまえも万引きをしたのと同じこと。おまえは友だちが罪を犯すのを黙って放置しておくのか。自分さえ無傷ならそれでいいというのではあまりにも友情を欠く。一時間後に私のところに来なさい」
そう言われて部屋へ入ると、そこには白装束姿の母親が、濤川家伝来の短刀を前にして姿勢正しく正座していたのです。
子供に多少の教科の好き嫌いがあると思います。

学校があらわれまたたくーに天下を風靡した。

そして、こんなことを言いました。
「おまえの行為は母親として耐えられない。一度は許すが、二度とやらないでほしい。この気持ちがわからないようなら、私はここで喉を突いて死ぬ」
のたぶん母親は、万引きの一件よりも、私のいい加減な生き方が嫌でこのような行動に出たのでしょう。家のものを片っ端から持ち出してはお金に換えて、仲間におごり歩いて悦に入っている姿。お人好しで主体性がなく、目的意識も持たずにフラフラしている姿。これに母は耐えきれなかったのだと思います。以来、私は速読ではありますが、一日に五十冊以上の本を読破するぐらいに、ガラリと人間が変わったのです。

父親に芽生えた。
母親が言うのにかぶせる

中学は非行歴の多い子が多くてもう一方

父親が殺しかしする。母親は、子どもの先生のいいところをほめること今は、価値観が多様化している時代であり、昔価値があったものが見向きもされなくなったり、あるいは
こんなものが?と思えることに価値を見出したりしています。とくに若い人たちの価値観の多様性には驚くばかりで、大人は合わせるチャンネルをいくつ持っていても足りないし、追いつけないでいるのが現状でしょう。
勉強はそれほどできなくても、愛情が豊かで、まじめで、働き者であれば、まずは生きていくことはできます。それで子どもが満足するならば、親も満足すればいいはずなのに、一元的価値観でしか子どもを評価できない親は、勉強一辺倒で子どもの尻を叩きまくるわけです。これでは伸びるものも伸びなくなってしまいます。
不思議なもので、おまえは働き者だね。それだけで将来、ごはんが食べられるよと勤勉さをほめてあげると、勉強のほうも伸びていきます。
母さんって

母さんはチラシを広げて

反対におまえは勉強ができないで、困った子だねえと弱点を言いつのられると、勉強がもっとできなくなるばかりか豊かだった愛情や勤勉さまでが薄れていくものです。
だから子どもは、ほめて励ましてやらないといけません。欠点のみの子どもなどいるはずはないのですから、どこか長所を見つけて、その優れた部分をほめてあげるのです。す
ると子どもは、成長する芽に水を得たように、どんどん伸びていきます。それなのに、親が阻害要因になって芽を摘むようなことをしたのでは、子どもはたまったものではありま戦後五十余年の学歴社会のひずみゆえでしょうか、高学歴を誇る母親のなかに、子どもの担任の先生の学歴を調べて、先生をことさらおとしめる母親がいるのは、哀しいことです自分は四年制の有名大学出身。