子どもは確実に変わりはじめる親は頭のいい子

幼稚園のとき

そういう時どうするか、ということで親は鼎の軽重を問われる。「そういう悪さをした時は容赦なく殴って体で覚えさせなくてはならん」なぞという乱暴なことを言う親もありますが、私はそういうのに賛成しません。子どもにも、必ず意見表明のチャンスを与えないといけないと私は信じます。ですから、私はもし子どもが何か悪いことをしたらしい時は、静かに子どもを呼んで、そうしてなぜそういうことをしたのかと冷静に、しかも子どもの目をじっと見つめながら聞きますかなえ息子の場合もそういうことがありました。彼はほとんど親を困らせるようなことはしないおとなしい子どもでしたが、それでもいけないことを全然しなかったなんてことはありえないそんな時私は、上記のような対応をしたものでした。すると、彼は黙って考えていて、それからポロポロッと泣いたりするのでした。そこでは、おそらく自分がいけなかったと、痛切に反省をしているわけです。

いじめをしていることに気づかない親もいます。
いじめをしていることに気づかない親もいます。
子どもさえよければよいという
子どもさえよければよいという


先生はショウイチくんを厳しく叱りつけたのです

子どもにもあるのです。子どもがいるとすればそうしたら、もはやそれ以上に怒鳴ったり殴ったりする必要はどこにもないではありませんか。
あとは、しばらく彼の目を見ながら、もうするなよと言うだけです。
と教育が行き届くわけです。私たちのやり方はそういうものでしたそれでもちゃん今は亡き母から聞いたところでは、兄は母の手を振り払ってどこかへ走っていってしまう子どもだったようですが、私はとてもおとなしい子で、ここに坐って待ってなさいと言うと一時間でも二時間でもじっとしていたということです。また、妻三人姉弟の総領娘ですがもとてもおとなしい子だったらしい。またおぼろげな私自身の記憶でも、電車の中などで大声を出したり走り回ったりというようなことはなかった。そして、いつも椅子
に膝立ちになって窓の外を眺めていました。
意していて、私がシートに膝立ちになると、らないようにしたものでしたそのため母はいつもビニールの靴カバーを用靴にカバーをかけて泥靴が隣の人の迷惑になリンボウ先生のところは、お子さんにめぐまれているんですよなどと言われるけれど私の子どもたちは、二人とも本当におとなしくて手のかからない子どもでした。

中学生のまえにお年寄りがいた。

子どもの通信簿を見たことがありません。これはもしかすると遺伝的なものもある程度影響しているかもしれません家族で外へ出る時は必ず私たちがそれぞれ子どもの手を握って歩くのだけれど、二人ともおとなしい。電車の中でもレストランに行っても騒いだり走り回ったりもしないし、子どもたちにじっと座ってなさいとか静かにしなさいと注意したことは一ぺんもない。言わなくてもじっとしている子どもたちでしたから、親としては幸いだったと思います結局、家の中で安心して満足する状態で育っていくと、そんなに小うるさく注意しなくてもよくなるのではないかと思います。勉強もしなかったような候補者一人の子どもについて1回しか育てられませんから分からないにせよ、まあ、二人の子どもたちが二人とも、結果的にうまく育ってくれたので、私たちの子育ては間違っていなかったと、私は思っていますたとえば、父親が子どもを、特に息子を殴るというような育て方は、暴力ということそれ自体望ましくないことだと思うけれども、加えてそこに、男は強くなければいけないというジェンダー的なものが伏在していることを、私はより憂慮します。
男は強くなければいけないということを体で教えるんだなんて言って、そういうことをする親は大いばりだけれど、そうすると子どもは自分も乱暴になるだけでなく、女に対しての差別意識を持つわけです。腕力が強いから男は俺は偉いんだというおそろしく単純な思考法、それを子どもに刷り込んだりしてはまことに罪深いことだと言わねばなりません自分のみならず、次の世代にまで影響が及んでくるからですかくて私は、絶対的非暴力こそ、子育ての王道だと確信しています。

成長時代に物心がついて育ってきた今のお父さん

になんと言われようと、考え直すつもりはありません。
そしてこれは誰抱きしめて惜しみなく愛を注ぐ息子が11歳か三歳の頃は、オベンキヨーしようとか言って、しょっちゅう私の隣り座って何かやっていたものでした。そんな時、彼はよく絵を描いて、絵を描いてと言うのでした。私は勉強しながら、書き損じたノートの裏か何かに、さっさっと自動車の絵を描いてはい、自動車と手渡すと、うれしそうにジドウチャ、ジドウチャなどと言って遊んでいました。そういうこともきっと無意味ではなかっただろうと思いますそのうち、息子は妙なものに非常な興味を持つようになりました。


育てなければ

自動車のワイパーです。彼は、車に乗るとワイパーの動きをじーっと見ている。それがいっまでも見飽きるということがなく、しかも次第に手でその動きを一心にまねたりするようになりました。よほど面白かったんでしょうね。そのうち、ワイパーを作ってくれと言い出しました。私は、幸い手先はわりあいに器用なほうなので、さっさと割り箸を削ってセメダインで付け、ワイパーのような形に作ったものを二本自作して与えました。息子は大喜びで、日がな一日それを動かしながら歩いていたものです何か手作りの玩具を作りましょうなどと言って、親子でその作り方を習いに行くとか一緒に作る講習を受けるとか、そんな必要はないのだろうと私は思います。母さんは過保護を改めることができず


子どもがいるとすれば 勉強しているこどもは不自然な記憶をしいられる。 教育のもとがいっぱい転がっています。