子供に見せては困るような記事がたくさんある。

いじめている現場を見つけた時

教育の現状をみるとき
勉強ができても自分勝手な人間になりがちです

こうしたやりとりのなかで、子どもの書く習慣を引き出し、書くことを好きにさせるのですこの子どものときの書き込みが、けじめをつける意志力を持つ人間に育てるのです書いていないと、わがままになるよと言っていたのは、私が小学生のときの担任の先生です。その言葉が耳にこびりついて離れません。
ダンテ、ボードレール、芥川、私と言ったのは太宰治です。何を言おうとしたかはわかりません。しかし、これらの天才はみな、自ら生命を絶っています。彼らははたして、子どものときに思いっきり書き込んでいたのかどうか疑問だ、と私は思っています。
しつけが実を結んでくれる

子どもからこんなひとことがあるかもしれません。

o自己PRのできる子どもは、能力も高い一九九六年夏、アトランタでスポーツの国際祭典、オリンピックが開催されました。アトランタといえば、マーガレット·ミッチェル原作の小説、というより、ビビアン·リとクラーク·ゲーブル主演の映画で有名な風と共に去りぬの舞台となったところですこの物語は、今から百年以上も前、南北戦争時代のアメリカ南部に生まれたひとりの農
園主の娘の半生を描いたものですが、いまだに多くの人に親しまれ、すでに亡くなった作者に代わって、第三者により風と共に去りぬ·第二部が書かれ、出版されたほどです。

父親の権威はそれでめちゃめちゃになった。

その人気の鍵は、何といっても主人公スカーレット·オハラの魅力でしょう。気位が高く、鼻っ柱が強く、自己主張し、欲しいものは、従姉妹メラニーの婚約者でさえ自分のものにしようとする彼女は、いつも控え目で思慮深く受容的なメラニーと対極的に描かれており、強い性格が災いして、最愛の人を失います。そして生家も没落するのですが、焦土と化したタラの大地に、復興のため、ひとり敢然と立ち上がるエンディングが印象的ですここには、ふたりの女性の生き方が対照的に描かれていますが、スカーレットのように自己主張する強い女性がアメリカの伝統的な女性像かと思ったら、意外にそうではないことが最近になってわかってきました。
勉強しながらその先の進路

中学生のときに爆発してよかったのであって

コレット·ダウリングのシンデレラ·コンプレックスによると、女の子はそれほど自立を促されず、女の子ということで過剰に保護されるため、結局は自立できない依存的な生き方を選ぶことになるといいます。よって、長い間アメリカでも、メラニーのようなむしろ受容的な女性が、親にも夫にも、そして女性自身にさえも理想のように思われてきたようです。
はっきりと自己主張し、男性と互角にものを言い仕事をする、自立した女性がふえてきたのは、ベティ·フリーダンが女性解放を唱え、フェミニズム旋風がアメリカ全土を席巻した、数十年前ごろからのことなのです。

学校は集団的に糞づまりをこしらえる。
子どももしつこくは言いません。

中学校と進むほど

いじめをしていると耳もともとアメリカは個人主義の国で、自分の考えをはっきり言わないのは、言えない.あるいはしっかりした考えがないと見なされ、自己PRができるかどうか、プレゼンテション能力があるかどうかが、個人の評価に大きくかかわってくる社会です。このへんが和を重んじ、横並びの協調性が評価される日本社会とは大きく違う点です。
日本では、自分を宣伝するということは何だかいやらしいと、まだまだ市民権は得ていません。しかし、時代は確実に変わってきており、社会もニーズに合わせて能力を発揮できる人材を必要とするようになってきています。
教育熱が高まっている

育てることができないのです。

いい意味でも悪い意味でも、アメリカ型社会になってきているのです。
アメリカでは、女の子が自分の結婚のことで、相手に自分を上手に売り込むことを考えるといいます。決していやらしくなく、品位をもって。そうした自己PRのできる人間は能力が高いと見なされます。
学齢前の子どもたちの調査で、知能の発達とほかの能力との関連を調べたものがアメリカにあります。その調査結果によると、六歳児でIQの上昇が見込まれる子どもは、主張がはっきりしていて自立心があり、ほかの子どもたちに対して力を持つようになるが、1Qの上昇が見込めないとされた子どもは、受動的で、内気で、依存的だといいます。
日本でもこれからは、人と心が通じ合える、人の気持ちがよくわかるという、コミュニケーション能力、共感能力を土台に、パフォーマンスも含めた自己表現のできる子ども自分自身を上手にPRできるプレゼンテーション能力を備えた子どもが求められてくることは間違いありません。

勉強しているこどもは不自然な記憶をしいられる。

両親の責任です。

きぐそれに代わる第三のエネルギーとして、水素エネルギーはどうかとか、太陽エネルギのコストをもっと下げることはできないだろうかという、自然志向へ方向転換させていくことに頭をめぐらさなければならなくなります。自分の子どもに、いいものを食べさせたいというきわめてプライベートな動機が、このような地球規模の問題にまで発展していかざるをえないのが、現代の状況なのです。
そうなると、母性の行きつくところは、地球との共生と言っていいと思います。とくに日本の場合、資源は極端に少ないのです。

母さんがこう言っていたぞ

地球上から資源を集めてきて、加工して付加価値をつけ、世界に買ってもらうということを長い間やってきたのです。よく考えてみれば地球規模の話が私
、つまりミーイズムにまで入り込んでいる国なのです。
地球との共生という問題を、なのではないでしょうか。
もっとも真剣に受けとめなければならないのが、まさに
人間として大切なものをどう伝えるか母は子を、だまされる人間よりだます人間にしてはならない人間をだます人間だまされる人間、あるいは裏切る人間
裏切られる人だまされ裏切られる人間とはつねに、間
とに大別するならば、いわゆるだと、一般的には考えてしまいます。

 

母親がそれだけの運動を起こしたという

父親の役割は何子どもの神経症や心身症を研究している私にとって

人生の敗残者しゅるい昔、父親が収賄の疑いで逮捕され、留置されてしまうという体験をした知人がいます。
その父親は非常に家庭的な人物で、宴会も嫌いだったし、できることなら業者の接待など断って帰りたいという人でした。
そんなわけで、彼は業者からの接待を受けても、そのことを忘れよう忘れようとしていたそうです。もちろん便宜を図ることもしなかったため、それが裏目に出て業者から恨まれ、業者が贈賄の疑いで捕まったとき、名前を出されてしまったといいます役人のなかには、催促めいたことを言っては、接待を受けている人間も多くいるのにそういう人間は何のとがめも受けず、のうのうと暮らしています。
その父親は、そのときの心境を語るのに、こんな例をあげました。

たとえば、電車の席がひとつあいたとする。そのとき、さっと座ってどうだと腕組みをする人間がいる一方で、まわりを見回してから遠慮がちに座り、座ったあとも何か悪いことでもしたように下を向いてしまう人間がいる。お父さんはさしずめ、あとの人間に属するのだろう。

教育ママの増加が登校拒否児を生み出した生徒結局、勝つのはさっさと座ってしまう人間なのかなそう話したときの寂しそうな父親の姿が忘れられないと、知人は言いました。
歌手で俳優の武田鉄矢氏も、熊本の山の中から博多に出てきて、志願して戦争に行った父親の話をしています。戦争に勝って、軍隊での地位が上がることを夢見ていたのに、復員して肉体労働者になり、その鬱憤から酒ばかり飲んでいたそうですが、やはり、あのころの父親を考えると、切ないと語りました。
母さんが理解することです。
母さんが理解することです。

母さんのような人と結婚したいと答え

母親はおなかの中に十カ月間うつぶん私の父も、前に述べたように、他人の保証人になったのがきっかけで財産を失いました。
会社を解散するとき、すべての資産を多くの社員に分け与え、自分を最後と考えていました。結果として借財が残ったわけですが、母はそういう父を心から尊敬できる男と言っていたのが印象的です三者三様、みな人生につまずいてしまったかのように見えます。しかし、はたしてそういうことを軽々しく言っていいものでしょうか。私の母は、父を決して責めませんでした。

あなたのお父さんは、人をだまして、借財を背負ったのではありません。人にだまされたのです。お父さんは、そうなりたくてなったわけではありません。あんなにいいお父さんはいませんと、つねに言っていました。

子どもたちの絵でいっぱいになった模造紙の上

武田鉄矢氏のお母さんも、愚痴ひとつ言わず働きつづけたといいます。それは、あのヒット曲母に捧げるバラードそのものだったのでしょう。
彼は歌います。
「今も聞こえるおふくろの声、ぼくに人生を教えてくれた、優しいおふくろ」
客観的に見れば、だまされたり、裏切られたりする人間は、負け犬に見えるかもしれません。しかし、見方を変えて、人間的な優しさとか、信用という面から見れば、決して負け犬ではないはずです。保育園に入る前


子どもの神経症や心身症を研究している私にとって 子どもは確実に変わりはじめる親は頭のいい子 子どもの自立心や社会性を生み出さない。

子どもに実施してみたことがあります。

育ててしまう下手なやり方ではないでしょうか反対

分と語っています。氏によれば、精神分析が、患者と分析者の間の感情のもつれやからみ合いを材料として進められ、分析者の偏りにぶつかって、患者の偏りが表れてくるそうですこのことを教育の立場で考えてみました。教育の基本は何といっても、高まってほしい成長してほしい幸福になってほしいという心情から出発します。そして対象はあくまで人間です。子どもを考えるときに、多くの人が未完成と反射的に発想しますでは、大人はどうでしょうか。人間なんだから未完成なのが当然、と心の底では考えます。しかし、教育する側の未完成というものをしかと見すえて、子どもに立ち向かう親は少ないのです。

母さんもうれしいわ

この姿勢を見直す必要があるのではないでしょうか。つまり、親もまた自らを未完成だと自覚するのです。
親がこの1点をはっきり意識して、親も自己完成めざして人生と格闘していると言いきることが大切です。この感化は子どもの姿勢を大きく左右します。未完成だからこそ、今後の生き方しだいで、無限に人生の可能性を追求していく喜びを持てるはずですそして、欠点とか苦しみというものに、優れて個人的な感覚が秘められている事実を見るのです。とらえ方、感じ方がみな、一様ではないのです。だからこそ、未完成な部分欠点と考えられるところをどう変えていくのかという一点が、実は一人ひとりの個性が色濃くにじみ出てくる部分なのでしょう。

 

成長をんと可愛い!

しつける前に親子どもに教える

幸せを願う心待つ楽しさ
を教えられた子の人生は、数倍豊かになる繰り返しますが、主として父親が子どもの思想形成に果たす役割が大きいとするならば、母親は生きるという、逃げようのない現実そのものの部分、つまり人間の根元に影響を与えています。つまり子どもは、母親に対する人間関係というものを、対外的な生き方の鋳型にしていくと言ってもいいでしょう。
私の場合も、思いのほか母親の生き方の影響を受けています。それも短所面で、いちじるしくその傾向を引きついでいます。

子どもはその年齢が低ければ低いほど自分本位です。こうだと思うと、猪突猛進型で抑えがきかず、とことんまでやってしまいます。そのため人を傷つけたり、自らも傷ついたりということがかなりありましたし、自分で気づかずに、人に嫌な思いをさせていることも、きっと多いのでしょう。
私の母は、とにかくよく働きました。たえず汗をかき、汗をかかないでいることに耐えられない、と言ったほうが当たっていると思われるほどよく働きました。ゆっくり休むのは、墓場へ行ってからでいいが口ぐせでした。
父が他人の保証人になってだまされ、債権者がわが家へ押し寄せたとき、父は結核で療養所へ入っていました。子どもの私は、不安と恐ろしさで胸がいっぱいでした。
中学二年生は五倍も多くわたってしまう。
中学二年生は五倍も多くわたってしまう。

子どもはあくまで結果として考えるべきものだ。

育てるのには最適なツールなのです。同じような境遇にあった友だちが、栄ちゃん、うち借金ぜんぶ返せたんだ、今月でと言うのがうらやましくてなりませんでした。負債の金額も、その友だちの家庭の百倍を超えていました。いったい母親ひとりでどうするのかと思い悩みました。
このとき語った母の言葉は、三十数年たった今日でも、鮮烈に脳裏にあります
お父さんは、病気をしたくてしているのではありません。負債を背負ったのも、悪いことをして人を陥れようとしてそうなったのではありません。人を信じて、信じた人に裏切られて、こうなってしまったのです。裏切った人も、そうしたくてしたのではないと思います。悪い星のめぐり合わせだったのでしょう。濤川家に災難がふりかかった以上、全身全霊で立ち向かうしかありません。

子どもが初めて

お母さんは負けません。富紀ちゃんも栄ちゃんも今の立場でこの災難と戦うことよ。できるだけ節約し、自分のほしいものを我慢して、お母さんに協力してくださいそのときから、母の起床は朝四時。タイプ印書、茶道の先生、その他、やれることはすべてやるという感じでした。夜十二時までは働きっぱなしで、四時間の睡眠しかとれないようでしたが、実に生き生きしていました。
月末になると、収入があります。今月はこれだけ働きましたと言っては、生活費はこれだけでやりましょうと姉と私に相談し、OOさんとさんへ、これだけ返済しますと、いちいち話してくれました。変に子どもに隠しだてすることはよくないと考えていたのでしょうか。
私がこういう目にあうのも、すべてガラス張りでした。母さんに買ってもらってしまうのでしょう。


子どもに教える 母さんって 子どもといっしょにいる時間が長い場合

勉強しながらその先の進路

母さんね今日こんなことがあったのよ。

ただ、性差というものは厳然と存在すると思います。男女の差は女が子どもを産むということだけで、それ以外には何もないと言う女性がよくいますが、私に言わせれば、すべての性差はそこから出発するのです。差別と区別は違うのです。差別はいけないが、区別をする必要はあるのではないでしょうか。
男には男らしいところがあってほしいと思います。それは決して、荒々しさや猛々しさを言うのでもなく、家事や育児に参加しないというのでもないのです。言葉ではうまく表現できない性的魅力を持ってほしいと思います。いい男は、みな想像力に富んでいるのですそして女性には、女性らしい奥ゆかしさを持ってほしいのです。子どもは、母親の奥ゆかしさにふれて、心豊かに育つのです。

母親の作文の選者になりこの年月何百編

奥ゆかしさとは何なのか、抽象的な言葉ではうまく表現できませんが、たとえば、藤沢周平氏描くところの女性たち、そして、幸田文さんの一連の小説に表現される女性たち、とでも言えましょうか。そこには良質な羞恥心が見え隠れしています。
落合恵子さんは
「江戸の女というと、つい耐える女をイメージしてしまうが、彼女たちは決してそうではない。武家の女も市井の女も、受け身ではない。むしろ自分の人生を自分で引き受けようとする、背筋のすっと伸びた女たちのように思う」
と、藤沢周平氏の時代小説に登場する女性たちの魅力を語っています母親が幸せならば、子どもは非行に走らない俗にほめ育てという言葉があります。

 

子どもと大人の区別

先生が着目してくれるようになった…い子供に見せては困るような記事がたくさんある。

ほめられて育った子どもは、悪への誘惑に乗らないし、能力も最大限伸ばすことができるというのです。たしかに、けなされて欠点ばかり指摘されたら、子どもはくさってしまいます。どうせ自分なんかいないほうがいい.そのほうがお母さんは幸せなんだ、などと思ってしまいます。けなされて、発奮して、頑張ろうと考える子どもはほとんどいないと言っていいのです子どもが死にたいという気持ちになるのは、ほとんどの場合、自分を必要としてくれている人間は、この世の中にひとりもいないのだという、寂しさから発しています。

母親が勝手お父さんもお母さんも、自分がいなくても少しも困らないようだし、学校ではみんなに邪魔にされるし、自分なんかいなくても、という気持ちになったとき、子どもはいとも簡単に死を選ぶのです。
子どもに自分を好きかとたずねたら、大部分の子どもが嫌いだと答えたという調査結果があります。だから母親は子どもに、本当にあなたを必要としているということ、あなたが大事だということ、あなたがいなければ生きていけないということ、そして何よりも
あなたみたいないい子がいて幸せだということをわからせてやらなければなりません。
大部分の子どもが自分を嫌いになるのはなぜかと言えば、母親が不満ばかりを持っていて、幸せだとはどうしても思えないからです。子どもに不満を持つ母親は、頭の中に理想の子ども像を描いていることが多いものです。勉強ができて、スポーツが万能で、活発で元気がよくて、とエスカレートするばかりですそれでは、現実の子どもはついていけません。
教育修了後は高等
教育修了後は高等

母親は話しかけていることになる

母様あるい母親は、理想からほど遠いかのように見える子どもを前にしていらつき、小言ばかり言います。ひどい場合になると、おまえみたいな子どもがいるから、お母さんは少しも幸せではない、などということまで口走ります。
子どもも、母親の頭の中で理想化された子ども像と、現実の自分との落差に悩みます。
そこで、気持ちの発散場所を求めて、盛り場などをさまようようになります。そこに巧みにつけ込むのが、町にたむろする、いわゆるお兄さんたちです。彼らは概して優しく、家でばか呼ばわりされている自分を認めてくれるのです。
そういうところに居場所をだから、見つけるのです。

先生たちは生徒の目と耳をひきつけるため

それもやはり、家庭にも学校にも居場所をなくした子どもたちは、テレクラなども、最近では中学生から小学生にまで広がっていますが心が満たされない少女たちがいかに多いかという証明ではないでしょうか。
ただし、ほめ言葉にもいろいろあることをつけ加えておきます。
役所に勤めているある女性の話です。
次に紹介するのは、市ある日、窓口に耳の不自由な人がやってきました。忙しい最中だったので、筆談でゆっくり応対できる人間もいませんでした。みなが困惑しているなかで、彼女は昔少々かじったことのある手話をためしてみました。子どもがいえば


子供に見せては困るような記事がたくさんある。 先生も鉛筆の先を尖らすなと教える。 子どもに実施してみたことがあります。

子どものやる気終業式の日

父親の身体とともに同じ目線で空間を移動する。

学校とか学級
指導しますがす

これではまるで子どもの人格を無視していることになります。親が子どもに代わって決めるのではなく、子どもが自分で決められるよう、自立した人格として自分の道を選択できるように、親は育てる責任があるはずです。
実際に子育てに没頭しているときには、度を越しているかどうか、自分で見きわめるのはむずかしいのですが、子どもがあまりにも甘えて人に依存するようになってきたら、これは過保護かと疑ってみるべきです。また、親の決めたとおりにしかできないときも、同じことが言えます。
四つ目は、親は家来
子どもの言うことに何でも従ってしまう過服従。子どもはまるで王様
婆や。これでは結局、野放図で横暴な子どもに育ってしまいます。
で、五つ目の過期待とは、過剰期待のことで、たいていの親が陥りやすい、要注意事項です。
先生も鉛筆の先を尖らすなと教える。

学校で友だち

親というのは、つい自分の子どもの力を過大評価したり、自分ができなかったことを子どもに期待したりすることが多く、その結果、子どもの可能性をつぶしてしまうことがありますたとえば、子どもが望まないのに、おまえは東大に入れるんだから頑張れ、親の跡を継いで医者になれ、などと過剰な期待をかけることがあります。親は、本当に自分の子どもが見えているのでしょうか。親の見栄や面子にこだわりすぎてはいないでしょうか。
めんつもし子どもにそれだけの能力や適性がない場合、子どもに無意味な戦いを強いているわけだし、子どもに、ほかにやりたいことやほかの分野で優れた能力がある場合には、子どもの可能性や将来性の芽を摘みとることになります。そんな権限が親のどこにあるというのでしょうか。
期待はしてもよいが、決して押しつけず、できる親でなければならないのです子どもの真意を推し量りながら、自己抑制の子どもをダメにする六番目の条件として、気分本位があげられます。気分によって叱ったりほめたりすると、子どもは親を信じられなくなり、結局は社会的に人とつながっていけない、エゴイスティックな人間になりかねないということです。

成績は抜群だ

ひたむきに念じることの尊さ母の涙は、百万言より多くを語る現代の母親は、子育ての時間がありすぎるのか、こまかいことに気づきすぎるのか、小言が多いようです。子どもが悪いことをしたときなど、ガミガミと説教をしすぎて、かえって反発を買ってしまうのです。慢性的に叱ると、子どもは感覚がマヒして馬の耳に念仏状態となり、親の言うことを聞かなくなります。
世間話をしていて、たまたま母親にまつわる記憶や思い出を聞くと、母親に何を言われたかという思い出より、無言の教えのほうが強烈に残っているという人が多いものです。
たとえば、ある会社の社長は、小学校の入学式のあと、母に連れられて、母の友人の文房具店に寄ったときのことが忘れられないといいます。母と友人がお茶を飲みながら話している間に退屈した彼は、店の中をきょろきょろしていて、ふと真新しい鉛筆がほしくなり、思わず二、三本ポケットに入れてしまったのです。
ところが、子どもの浅はかさで、ポケットの端から鉛筆の先が見えていました。母はそれを見つけそれ、どうしたの?と聞きました。
母さんも一緒にお詫びしてあげる

母さん方はよく

あわてた彼は友だちからもらった
と見えすいた嘘をつきました。母の友人はいいのよ、あげるわよと言ってくれましたが、母はその鉛筆を返しました。
その帰り道、母はずっと無言でした。
頬を伝っていました。
そっと母の顔をうかがうと、なんと涙がひとすじふだんは楽しそうにいろいろ話をしてくれる母が、家路をたどる小一時間、ひとことも口をきかず悲しそうな顔をしていました。そのころ家は貧しく、たしかに新しいカバン鉛筆などそろわないものが多かったのです。それが悲しかったのか、盗みを働き、嘘をついた息子のことが悲しかったのかわかりません。しかし、子ども心に、母を悲しませて本当に悪いことをしたと思ったといいます。
母の語り、教えは、こういうことを言うのではないでしょうか。教えよう、教えようとするよりも、母の生き方の素直な反映、悲しみや喜びやうれしさの率直な表出には、母としての生き方の基準が、期せずして示されます。

母さんはノートを開いて聞きました。
父親が増加しました。

勉強を積んで最も本格的に。

子どもともほとんど遊んでやれません。一生懸命生きるからこそ生まれる涙、笑い、怒り、そういうものが、子どもの心を育てるのです。
作曲家の故·服部良一氏も、母の思い出を次のように語っています。
「父の作った玩具を、祭りや縁日に持っていって売るのが母の仕事だった。別段、母は売り声を出すのでもなく、言葉少なにお客の応対をしたり、玩具を動かしたり、釣り銭を数えたりしていた。まだ何もわからない僕は、別段、そんな商いが悲しいとも思わなかった。
しかし、母は生活のためとはいえ、小さい子どもと二人でこんな商売をするのが辛いらしく、人形を買っていく親子と対照的に何かみじめな思いがするのか、時には涙をそっと拭いていた。その母の横顔を見て、僕は無心に声をかけて慰めていた。子どものころは、案外そんな状況は感じとれるものらしい」
学校の責任にすることができる。

母はもちろん

女優、栗原小巻さんの父であり、日本児童演劇協会会長を務めた栗原-登氏は、父の事
業失敗後、野菜売りの行商を始めた母の思い出を、次のように語っています「栄養のたりなさからきたのであろうか、わたしの頭はフキデモノでいっぱいになり、母は貝入りのコウヤクを泣きながらなすってくれたものであった。いまでもわたしは、頭髪のしげみの中に天の川のように点在するハゲの小穴を時おりさすっては、泣いていた母親を思い出す。中略貧しくみじめな毎日であったが、暗い思い出はなかった。みじめさを感じさせない父と母のいたわりがあったのだろうかいずれの話でも、母親は何も語っていません。
えが、子どもを育てたのです説教もしていません。
涙という無言の教or祈り」

母さんも一緒にお詫びしてあげる

中学生になったら音楽に夢中になったのだ。

もっともこれは、本や友人や先生といった、多感な学生時代のめぐり合いによってだいぶ左右されますが、世の中は父性を中心とした社会として成り立ってきた関係から、父親の存在をまったく無視することはできません。しかし、食べ物の好みや人の好き嫌い、クセや目つきといった内面的·人格的な部分では、母親の影響が圧倒的に大きくなります父親とのかかわりを相対的であるとすれば、母親とのかかわりは、へその緒でつながっていたことからくる絶対性によって導かれるものです。
そうなると、まだ赤ちゃんだからまだおなかの中だからと言って、母親はのんびと構えてはいられません。いい子に育ち、将来立派な人間に成長してもらうことを願うならば、子どもがおなかの中にいるときから教育を始めなければならないのです。

子どもを連れて行って

といっ
ても、むずかしいことはひとつもありません。子どもに願う理想像を考え、そのように成長してくれることを祈り、おなかの子どもに語りかければいいのですいい世の中をつくる人になってね
どんなことにもへこたれない、辛抱強い人になるんですよ
「思いやりのある人が、お母さん、好きなんだ。だからそういう人になるのよ」
このような言葉を、おなかをなでさすりながら、繰り返し繰り返し語りかけてやり、自分でも本当にそうなってもらいたいと祈りつづけると、へその緒を通じて、その願いが子どもに伝わっていきます。

 

父親が何を言いたかったのかずいぶん考えた。

子どもの親ですよ。いじめっ子相手にけんかすることはおろかしい

その意味では、母親は、自分の理想とする人間をつくり出せる革命家と言っていいかもしれません。
母親は子どもの運命形成、人格形成、そして人間形成において、かなり大きな役割を担っています。このことを、すべての母親は忘れないでもらいたいと思います。そして、おなかの中の子どもを大事にしてほしいのです。
殴りかかる息子に合掌した母親の話まったく知らない女性から電話がかかってきました。
「自殺し明け方まで続きました。
そ深夜のことです。
内容はたい」
ということでした。
顔も知らぬ同士の対話でしたが、延々、苦悶の声が私の心に突きささり·とにもかくにもお会いしてみました。
一睡もせずの翌日の仕事はしんどかったのですが、のことにとりつかれていました。
仕事が終わって、頭髪はまっ白で、この事件が起きてからそうなったといいます。

子どもにとって怖い血色はなく、底知れず青白い、地獄そのものの顔でした。人間とはここまで悩むことがあり、また悩まされても生きていける存在なのだろうか、とさえ思われました。落ちくぼんだ目、やせこけた頬肉の落ちた肩、まっすぐ正視することは、私にとって大変忍耐を要しました。かわいそうで、涙があふれて仕方がありませんでした。
中学生の息子が、高校進学目前なのに登校拒否をし、釣りに行ってしまう。帰ってくると暴れ狂い、彼女が注意すると、殴る蹴るの乱暴を働くのだといいます。父親は単身赴任で地方にいて、月に一度帰宅するだけです。子どものために、仕事を変えてでも帰ってきてほしいと哀願しているが、それもかなわないそうです。息子の荒れ方はエスカレートする一方です。
子どもであれば親の言うなりになってしまいます。
子どもであれば親の言うなりになってしまいます。

子どものためにとくに扱い

伸ばそのような慶應に私最近では殺意さえ感じることもあり、いつか殺されるだろうと語ります。その前に息子を殺して、自分も死にたいと泣き叫ぶのでした。
私は少年に会いたいとお願いしましたが、どんな手をつくしても一時だけのものでしかないと彼女は言います。息子は、そんな知らない先公に会えるかよということで、絶対に会わないと言い張っていたそうです。
八方ふさがりの状態に追い込まれましたが、一旦かかわった私に、逃げることは許されませんでした。貧弱ではあっても、自らの五十年間の全人生をぶつけるしかない、と腹をくくりました。
「お母さん、息子さんに殴られるとき、どういうお顔をされるのですか」
目をむき出して抵抗しますよ

息子さんは、それに対してええ、ますます、牙をむいてきます
「お母さんはその息子さんが、ぜんぜんいい方向に変わらないので、死ぬほど苦しんでいるんですね……」

子どもはそれらを大切にしません。

下の娘はいい子だし、どこにあるんでしょうね……
私は幸福なんです

息子さんの幸福って、

あんな子どもの幸福なんてわかりません……小さいお子さんのときは、どうでした?

小さいときはいい子でしたいつごろから曲がってしまったのですか?
中学校へ入ってからです。勉強でつまずきだしてからです
「わかりました。でもお母さん、息子さんの幸福を知らないお母さんでいいのでしょうか」

人間の生きる目的は、幸福の追求ですよね……
息子さん、かわいくないですか……
昔はかわいかったですが……なぜそれが……

お母さん、本気でそう思ってはいらっしゃらないでしょうが、息子さえいなければっていうお気持ちがあるうちは、絶対にお子さんは変わらないと思います。子どもが夢精


いじめっ子相手にけんかすることはおろかしい ギター教室に子供と一緒に行く 勉強しながらその先の進路

学校の責任にすることができる。

しつけていいかわからないと嘆く背後

子供にいい番組でないとご判断されたとき
父親に反発しっつ

氏はこの話を発端にして、独自の教育論を述べました森氏は、教育こそ、指導要領に検定教科書と、規制の世界であり、教科書批判も、ともするとよい教科書を与えましょう運動になって、教科書依存体質を強化しかねないのが困ると言います
いい教科書でなくても、教科書を批判できる力をつけることが大事なはずである。戦時中だって、リベラルな学校は、時局がら言えなかったり書けなかったりのぶんは、自分たちで勝手にさがしてきた本で補ったものだそして、いじめ問題にも言及し「自由と寛容がないから、いじめは起こるのであって、いじめ文化の元凶だと考えている」
みんな仲間というのは、むしろと語っています。
おっしゃることに一理あると思います。子どもがけんかをしていると、やめなさい。みんな仲間でしょうと言う親はけっこう多いようです。しかし、仲間だからこそ、悪いところ、変わったところを直してやろうというのが、いじめの発端になっているという事実もあるでしょう。いじめているという感覚はないのですから、いじめは跡を絶たないことになります。
母さんも一緒にお詫びしてあげる

子どもの考える力や好奇心の芽

仲間であること、つまり同じであること異質でないことがいいことだという考え方が、いじめの根底にあるのです。
要するに、教師も親も社会も、自分の行動に責任が持てないから、規制されることを求めてしまうのです。決まった指導要領や教科書の枠から抜け出せない教師たちがいますいい学校に入るのがいちばん安心だからと、子どものお尻を叩く親がいます。そして、学閥や愛社精神で、滅私奉公を求める企業や社会があります息づまるような規制社会のなかで、子どもたちは、「おまえの点数はこのぐらいだから高校はここ、大学はこのへん、会社はまあこの程度には入れるかな」といった具合に、他人に決められた人生を歩んでしまいます。生活レベルまで決まってしまうのですから、恐
ろしいことですとこれではまるで、一億総奴隷化ではありませんか。

子どもがいるとすると一人はともすれば親

はい、はいと言われるままに屠殺場に引かれていく家畜のようです。わが子を、このような隷属的で無気力な人間にしないために、母親の役割は重大です。
「自分は、自己の努力とセンスと持ち味で、幸せや成功を勝ちとってみせる」
というような、たくましく勇敢な人間を育てなければいけないと思います。そのため母親は、従来の価値観にとらわれることなく、人の見方ではなく、自分の目と価値観と責任と感性で、わが子を見直してみてほしいのです。
前出の森氏はまた、こうも言います「性格にしろ、読んで学ぶ本にしろ、自己責任で選べたのは、昔のエリートの話だという考え方がある。たしかに自己責任というのは、エリートの定義のようなものだ。しかし、日本の経済的·文化的条件なら、ほとんどの人がエリートになってよい。そうならないのは規制に依存して、自己責任をとらぬ体質だけのことだろう」
この困った体質を改善する薬は、母親のもとにあるのではないでしょうか。
たとえば、多くの母親は、勉強に最高の価値を置いて、それ以外のものは子どもから遠ざけようとする傾向があります。しかし、そのような価値観をひっくり返すことで、たとえば子どもが夢中になる各種のゲームにも、自己責任を養う要素があることを知るでしょ子どもが熱中しているゲームを、親も一度やってみるといいでしょう。
子どもといっしょにいる時間が長い場合

子どもについて検討してみます

そのなかには自己責任が原則で、自助努力で生きるのだというストーリーが息づいていることに気づくはずです。いけない、いけないと言うから、子どもは何時間もの間、ゲーム機にしがみつきます。一時間ぐらいならやったほうがいいよと言えば、子どもは一時間でやめるものなのです。
過ぎる過ちに通じる過ぎたるは及ばざるがごとし
人が活動するあらゆる局面で、この格言は言いえて妙と感じることが多いのですが、子育てにおいても例外ではありません。親は子どものために一生懸命努力しますが、ついやリすぎて、かえって子どもをダメにすることが意外に多いのです子どもをダメにする六つの条件があります。それは、過保護、過放任、過支配、過服従過期待の五つのと、気分本位です。

子どもに培いたい。
学校を休む

勉強ができることも大事かもしれないけれど

学校も含めて人間の子どもは、生物学的に1年早く生まれると言ったのはポルトマンですが、たしかに生まれ落ちてから歩きはじめるまでの約一年の間、ほぼ全面的な保護、擁護を必要とします。母親は、授乳から排泄物の処理、お風呂、睡眠など、四六時中赤ちゃんのそばにっいて世話し、自分の寝る間も惜しんで献身的に面倒をみなければなりません。
そして子どもが成長するにつれて少しずつ手を離していき、子どもが自分で食事をとり身辺の処理ができるようにしつけていきます。
いじめっ子相手にけんかすることはおろかしい

勉強はできるほうではなかったけれど

子どもの発達に応じて、母子愛着から母子分離へと上手にひとり立ちできるよう、手助けしてやらなければならないのです手をかけながら放していく、この保護と放任の兼ね合いがむずかしいのです。思いき手をかけすぎて、子どもがひとりでは何もできなくしてしまうとか、手を離したら離しつばなし、という親がいます。また一方では、これをとり違えて、まだまだ保護が必要なのに放任してしまう親もいます。あるいは、親の手から離れて自立していかなければならない時期なのに、親のほうが子どもから離れられず、手をかけすぎる、という逆転現象もよ
く見られます。
まいますやりすぎや、時期をとり違えた過保護,過放任は、子どもをダメにしてし次に母親が間違うのは、子どもが自分で判断して決めなくてはならないところを、親が指図する過支配最近では、子どもの学校どころか、就職、結婚まで親が決めてしまうこともあるようです。

母さんって

子供の頑張りを認めてあげてほしいのです。

子供がほしいからと言ってぜ親
いじめるの?

は、母が子を思う心の原点である南アフリカ共和国の都市では、週末になると市内のどこかで決まってクラフト·マーケットが開かれているそうです。広場にテントを張り、手作りの衣類や陶器、嗜好品、革製品などが展示即売されるのですが、このマーケットでよく見かけるものがあるそうですシャモジをひと回り大きくしたような形をした木製品で、そのひらべったい部分に、TLOVEYOUと書いてあります。それは子どものしつけに厳しい家庭で、言うことを聞かない子どものお尻を叩くための棒なのです。
まさしく愛のムチというわけですが、これはなかなか名案だと思います。
体罰はもちろん、してはならない行為です。教育評論家でもある丸木政臣氏も、体罰でいいことはひとつもありません。恨みが残るだけですと語っています。実際、彼の関係する和光学園では、体罰事件が起きると、結果がどれほど些細なことだったとしても、学校全体の問題として解決に向かうそうです。
勉強しながらその先の進路

母子間の断絶を招いているのです宿題は教師

ささしかし、このシャモジを使っているかぎり、体罰にはならないのではないでしょうかこの文字は、叩く側の親に抑制と冷静さを与え、怒りにまかせてということもなくなるでしようし、叩かれる子どもの側も、親の愛を感じ、恨みを残すということもなくなるのではないでしょうか。言ってみれば、わが子にいい人間になってほしいという親の祈り、願いをもっていると思えるのです。
むしろ、町でよく見かける以下のような光景こそ、親に向かって説教したくなりますたとえば、スーパーやデパートで子どもが迷子になったとします。店内放送で駆けつけた母親は、ほっとして泣きだす子どもに、「だからそばを離れちゃダメと言ったでしょ。本当にあんたってばかなんだから」という言葉を投げつけます。
叩かないまでも、この母親は子どもに多大な言葉の暴力をふるったことになります。なぜ、しっかりと抱きしめてよかった、よかった、見ていなかったお母さんが悪かった
と言ってやれないのでしょう。
子どもを頭ごなしに怒鳴りつける母親は、大人と子どもとの身長の差、強者と弱者という立場の違いも忘れてしまっています。

子どもは年じゅう鼻水をたらしてい

子どもにとって母親は、巨人のように大きく、強いものなのです。そんな巨人から見下ろされて、頭の上から怒鳴られたら、たまりませんこのような母親は、子どもをみごもり、おなかの中で十カ月育てていたころのことを忘れてしまったのでしょうか。ある母親が「テレビドラマで、赤ちゃんができたというだけで万歳をする場面があるけれど、当の本人はけっこう複雑なんですよね。うれしさの反面、不安も人一倍なのですから」
見バ丶と言っていましたが、なるほどと思います。赤ちゃんができたと知ったときから、母親は、無事に誕生することを願って、祈って、祈りつづけて、その日を迎えるのではないでしょうか。子どもを怒鳴りつける前に、この祈りの気持ちを思い出してほしいのです。
そして大切なのは、それを子どもに伝えることです。あなたは、お母さんが祈って祈ってこの世に生まれてきた、素晴らしい宝物であるということ、そして、いつも何があってもお母さんは味方だということ、さらに、お母さんはあなたが素晴らしい大人になることを信じているということなどを伝えてほしいと思いますれらの愛情に包まれて育った子どもは、人間になっていくのです。
子どものやる気終業式の日

子どもにお菓子を選ばせる

向上心を持ち、自助努力のできる、自立したついでに言うなら、子どもに向かってばか!とは言わないほうがいいのです。危篤状態の犬を治療して救ってくれた獣医に、この犬はばか犬で……と言って、強くたしなめられたという知人がいます。その獣医は、西洋医学のほかに、気功などの東洋医学の勉強もしていて、その考えからすると、ばかという言葉にはマイナスの語調があるといいます母の祈りは、胎児のころから子どもに伝わっている今は昔と違って、胎教に対する考え方がずいぶん変化してきました。

学校での安心の支えですね。
先生は授業のときりっぱなことを言う

子どもの先輩

子どもと一人か二人研究も進み、今や胎教をしないお母さんはいないと言ってもいいぐらいです。
目も見えず、耳も聞こえず、また四肢の発達も未熟な胎児に、いくら言葉をかけて音楽を聴かせても、何の意味もないと考えたのは昔のこと。今は、胎児も五感を働かせながら必死になって外界との接触を図ろうとしていることが、科学的にも証明されています。
胎内観察は、とくにアメリカで進んでいます。これから生まれてくる子どもの性別もわかるので、生まれる前に名前をつけることも珍しくありません。そうなると、おなかの子どもに向かって
エリザベス、今日も元気なの2ジャック、そんなに暴れちゃダメよ
といった具合に、名前を呼びながら話しかけることもあるわけですそれをおなかの中の子どもは、ちゃんと聞いています。
子どもに教える

子供の頃からの信者で五人

その証拠に、生まれたばかりの子どものそばに父親と母親が立って、ふたりが子どもの名前を呼ぶと、子どもは母親の声に反応して、必ず母親のほうへ顔を向けるのだそうです。百人の子どもを実験すれば、百人とも例外なしという実験例が報告されているので、胎児がお母さんの声をしっかりと聞き分けていることは、ほとんど間違いありません。
考えてみれば、これはすごいことです。
おまえはいい子だいい子だとほめてあげると、胎児も喜んで、おなかをポンと蹴ってきます。何月何日に生まれておいでと繰り返していると、本当にその日に生まれてくる子どもも少なくないといいます。そうなると母親たるものは胎児を前にして、あまりいい加減なことはできないはずです子どもの思想形成においては、父親が大きく影響します。

教育熱が高まっている

子供と一緒に考えてあげるのが親の役割なのです。

小学校低学年の発達過程
子どもを使うことができるという思想もありました。

家に帰ってきたのが、たしか夜中の二時か三時ごろでした。
中学生のときには、けんかが強かったせいか、決闘なんてこともやりました。いじめられている子を助けるために、竹刀を持った相手側十人に飛びかかっていって痛めつけたら今度は相手側が決闘を申し込んできました。場所は青山墓地。当時は石原裕次郎の錆びたナイフがはやった時代で、不良たちはチェーンを持ったり、ナイフを持ったりしていて、映画の主人公気どりでした。
しない当然、相手がそういう武器を持ってくることはわかっていたから、こちらも道場で空手を身につけ、長い棒を持って決闘場へと、ひとりで乗り込みました。
子どもといっしょにいる時間が長い場合

子どもに体得させるだけでなく

結果は、十人を叩きのめしたこちらの勝ち。以来、相手方との争いはまったくなくなりました。
こういうガキ大将だった私に、母親はどのような対処の仕方をしたか。まずパチンコの件では、私をこらしめるために、銀杏の木に縄で私をくくりつけようとしました。しかし小学生ながら相撲大会の中学の部で五人抜きしたぐらいの身体を持っていた私でしたからいちよう
なかなかくくりつけられずに、結局、母親はあきらめました。
「バクチだけはやっちゃいけない。おまえはのめり込む性質だから、と叱られた記憶があります。
博徒になっちやうよ」
いかだ下りのときには、夜中まで帰ってこない私を心配して、仏壇の前に正座しながら自分の寿命が短くなってもいいから息子だけは助けてと、手を合わせていたらしいのです。

子どもが叱られる

私が夜中にひょっこりと戻ってきたときには、叱りつけて殴りとばしたかったそうですが、そこをグッと我慢して、お帰りなさい、ジョン万次郎と言って、用意していた豚汁を出し、これを食べて寝なさい
そして決闘事件のときには、人との争いごとが大嫌いだった母親なのに、それは正当防衛だよとひとこと言って、あとは何事もなかったかのように平静を装っていました。
しかし、その母親に、一度だけ、本当に火の出るほど叱られたことがありました。母親が死ぬの生きるのと口にしながら私にすごんで見せたのは、後にも先にも、このときだけです中学三年のときに、私の仲間が万引きをして警察に呼ばれたことがありました。私の潔白は証明されましたが、母親はなぜか許してくれません。
「友だちの万引きを止めなかったのは、おまえも万引きをしたのと同じこと。おまえは友だちが罪を犯すのを黙って放置しておくのか。自分さえ無傷ならそれでいいというのではあまりにも友情を欠く。一時間後に私のところに来なさい」
そう言われて部屋へ入ると、そこには白装束姿の母親が、濤川家伝来の短刀を前にして姿勢正しく正座していたのです。
子供に多少の教科の好き嫌いがあると思います。

学校があらわれまたたくーに天下を風靡した。

そして、こんなことを言いました。
「おまえの行為は母親として耐えられない。一度は許すが、二度とやらないでほしい。この気持ちがわからないようなら、私はここで喉を突いて死ぬ」
のたぶん母親は、万引きの一件よりも、私のいい加減な生き方が嫌でこのような行動に出たのでしょう。家のものを片っ端から持ち出してはお金に換えて、仲間におごり歩いて悦に入っている姿。お人好しで主体性がなく、目的意識も持たずにフラフラしている姿。これに母は耐えきれなかったのだと思います。以来、私は速読ではありますが、一日に五十冊以上の本を読破するぐらいに、ガラリと人間が変わったのです。

父親に芽生えた。
母親が言うのにかぶせる

中学は非行歴の多い子が多くてもう一方

父親が殺しかしする。母親は、子どもの先生のいいところをほめること今は、価値観が多様化している時代であり、昔価値があったものが見向きもされなくなったり、あるいは
こんなものが?と思えることに価値を見出したりしています。とくに若い人たちの価値観の多様性には驚くばかりで、大人は合わせるチャンネルをいくつ持っていても足りないし、追いつけないでいるのが現状でしょう。
勉強はそれほどできなくても、愛情が豊かで、まじめで、働き者であれば、まずは生きていくことはできます。それで子どもが満足するならば、親も満足すればいいはずなのに、一元的価値観でしか子どもを評価できない親は、勉強一辺倒で子どもの尻を叩きまくるわけです。これでは伸びるものも伸びなくなってしまいます。
不思議なもので、おまえは働き者だね。それだけで将来、ごはんが食べられるよと勤勉さをほめてあげると、勉強のほうも伸びていきます。
母さんって

母さんはチラシを広げて

反対におまえは勉強ができないで、困った子だねえと弱点を言いつのられると、勉強がもっとできなくなるばかりか豊かだった愛情や勤勉さまでが薄れていくものです。
だから子どもは、ほめて励ましてやらないといけません。欠点のみの子どもなどいるはずはないのですから、どこか長所を見つけて、その優れた部分をほめてあげるのです。す
ると子どもは、成長する芽に水を得たように、どんどん伸びていきます。それなのに、親が阻害要因になって芽を摘むようなことをしたのでは、子どもはたまったものではありま戦後五十余年の学歴社会のひずみゆえでしょうか、高学歴を誇る母親のなかに、子どもの担任の先生の学歴を調べて、先生をことさらおとしめる母親がいるのは、哀しいことです自分は四年制の有名大学出身。

先生も鉛筆の先を尖らすなと教える。

父親の権威失墜という

因果といおうか、宿命みたいなものを感じます。栄ちゃんも。もし悪い宿命があるなら、たった今から
母はよく、そう語りました。そしてその打開と克服をめざす、たち姉弟にうながしていました。
生活のリズムの確立を私高校生だった私もアルバイトをやり、その収入を返済の足しにと母に渡していましたそのとき母は、必ず涙を流しました。
「栄ちゃんありがとう。お母さん絶対に忘れないからね。栄ちゃんの大好きなお寿司食べさせてあげたいけど、完済するまで待っててね。待つってことのできない人は、絶対に大成しないとお母さんは思うわ」
来る日も来る日も、じゃがいもとラーメンでした。
ごはんには、必ず麦が入っていまし六
麦が入っていないと、安らかな気持ちでごはんを食べることができない。人さまに迷惑をかけているんだから
お父さんの退院を、お母さんは待っているんです。

子どものレベルまで一度下りていき

栄ちゃんも何か大きな待つものを持ってねそんなことをよく言われました七年後、かなりの負債は、母の手で返済されました。
母の笑顔がその後、私の生きる意欲を呼び起こす、父は退院し、まぶしく感じられました。この期間の母のふんばりは、とつの心的原点になっています。
ひ亡くなるときも、母はこう言いました。

お母さんは、あなたのようないい子を持って幸せだった。
まれてきたい。ありがとう来世があるなら、また親子で生私は決していい子だったとは思いませんが、母のこの言葉と、つねづね言っていた「感謝のない人間は、絶対人間として伸びない。感謝の心は、人間である証です」のふたつは今も千金の重みをもって耳に残っています。
あかし母がもうひとつ偉かったと思うのは、借金で苦しんでいるときに、一度も父親の悪口を言わなかったことです。むしろ、ここまで育ててくれたお父さんの恩を忘れてはいけない忘れたら人間ではないと言いつづけました。自分の手柄は言い立てず、他人のために生きることが、自分の幸せに通じると信じていたのだと思います。

 

母親の見ているところ

教育することによっていい線にいくだろう子どものやる気終業式の日

そのような母の基本姿勢は、家族に対してだけではありませんでした。私が小学生のころ、母が当時ルンペンとか、お乞食さんとか呼ばれている人を、家に連れてきたことがあります。そして、垢でよごれたその人を、いちばん湯に入れてごはんを食べさせ、医者にみせて、半年間も面倒をみていたのです。別れのときにはお金を渡して、就職の世話までしてやったのです。臭いなどと言おうものなら、こっぴどく叱られたものですこじきあか私が今、多少なりとも、正義感とか、勇気とか、忍耐力といった、人間としての基本を身につけることができ、非行に走った少年少女たちに無関心でいられない感覚を持つことができたのは、このような、母の生きる姿勢があったからこそだと思えるのです。
母親の奥ゆかしさは、戦後強くなったのは女と靴下である、
言葉では伝わらない心の教育
ということがしきりに言われました。
私たちが小学生のころ、たものです。
ふたこと目には男女同権とわめいて得意になる女子生徒たちに悩まされ強くなった反面、女性らしい奥ゆかしさが失われた面もあるでしょうたしかに、戦後憲法で女性にも参政権が与えられたのは、いいことだと思います。

子供を起こすならまず自分が起きてください。男女を問わず、正義感や勇気は必要な要素だと思うし、生活のすべてにおいて、政治とかかわ
りのないものはないからです。就職における機会均等法
も、社会的に見て女性の地位が不当に低かったことを考えれば、当然の法律だし、願わくは、そのように明文化される必要もなくなるときが来てほしいものです。しかし、参政権や機会均等法が、女性らしい奥ゆかしさの喪失につながってはいけないと思います戦前の女性は、本当に弱かったのでしょうか。作家の田辺聖子さんは、いた祖父と祖母のことを、次のように語っています。
一緒に暮らして
祖父は一番威張っているようでありながら、子どもの私には、どうしてもそう見えなんだなぜかというと、祖父が寝てから、あるいは祖父の留守中、女たちは集まって祖父の悪口を言う。
子育てを支えてくれる人がそばにいてくれて密室
子育てを支えてくれる人がそばにいてくれて密室

母のよそして

子どもとともに悩み中略叔母たちの縁談のこと、叔父の仕事といった大きい問題から、町内の付き合い、親類のあしらい、家計の切り盛りから奉公人の手当て、食事の中味まで、実質的な決定は女の部屋でなされるのである。
祖母はへえ、へえと祖父に対して従順にみえながら、奥の間へくると
やれやれう狡猾な気分からではない。祖母の、祖父に対する態度は、昔ながらのかしずくというようなさまで言葉からして敬語を使っていたと祖父の言葉など歯牙にもかけぬ風である。

子どもへの注意の仕方

しかし、それは決して面従腹背といこうかつ祖父の仕事のことも私たちに誇らしげに語った。だから、決して祖父を軽んじていたわけではない。子どもの私はいつとなく、この世の中には、ふた通りの政府があるらしいと気づく。
祖父があるとき、何か失敗をしでかした記憶がある。女たちはおおげさにため息をついて、その修復を試みることになった。祖父も申し訳に、それを手伝おうとして手を出したするとたちまち、いっせいにたしなめる声があがった。女たちは快さそうに祖父を叱咤する。
もうよろし、手ェ出しなはんな.またこわさはるよってに、のきなはれ
任しなはれちゅうのに中略そういう気分を女たちに引き起こすのは、女の自信であろう。戦前の女は社会の暴圧に苦しんでいたように思われるけれども、案外、居場所はしたたかに占めていたのである
何度も言うようですが、私は決して、戦後の男女同権を否定しているのではありません人間としては、男も女もないと思っています。子どもを過保護に扱ったり溺愛します


子どものやる気終業式の日 しつけが実を結んでくれる 先生も鉛筆の先を尖らすなと教える。