子どもといっしょにいる時間が長い場合

子どもを引き連れて私のところに来所したのでした。

父親ははがゆがりますいつも身を縮め
しつければいいのです。

先生は無名の短大卒。すると、私のほうが上だわ。こんな先生に子どもをあずけて大丈夫かしらと言って、子どもにまでおまえの先生は頭が悪いと口をすべらせたりします。これも、子どもの向学心を奪う大きな原因となります先生は、たしかに神様でも仏様でもないわけですから、いたらない点をいくつも持っています。しかし、それを一つひとつ拾いあげてあそこがダメここがダメと不満ばかり口にしていたのでは、子どもは先生に対して不信感や頼りなさを感じてしまい、先生の授業を熱心に聞かなくなるでしょう。これでは、子どものためと思って口にしたことがかえって逆効果を招くわけで、これを私は非常に恐れます。
そこでお母さん方にお願いしたいのは、ぜひ先生をほめてもらいたいということです個人面談に行ったら、まず担任の長所を見つけて、短所には目をつぶってもらいたいと思います。
子どもに実施してみたことがあります。

母さんから受けて

そして子どもには、担任の長所を言って聞かせてもらいたいのです。わが子に対する教育法とまったく同じです。
あんたの先生はまだ若いけれど、よく気がつく人ね

言葉はぶっきらぼうだけど、根は優しいし、子ども好きの先生じゃないの「国語好きの先生みたいね。国語はいちばん大事な教科だから、よかったわね」
このように、気がついた長所を子どもに伝えるのです。そうすると子どものほうも、それまで気づかなかった面を知らされて、先生を信頼するようになるものです。授業も楽しみながら聞くようになって、勉強もはかどるはずです。

練習などできるはずがありません。

子どもは、両親の夫婦げんかから、意外に多くのことを学ぶ日本では長い間、夫婦げんかを子どもの前で見せるべきでないとされてきました。見せないことが子育ての正論とされてきたのです。たしかにデメリットだけの陰湿なけんかは私も見せるべきではないと思います。たとえば夫の不倫を凄がなじる、逆に凄の不倫を夫が詰問する姿は、子どもに母親や父親に対する強い不信感を植えつけるだけです。
ときとして夫婦げんかが尾を引いて、その不快感を子どもにぶつけてしまう母親もいます。父親のほうはきのうのけんかはひとまず休戦。今晩帰ってきたらまた再開しよう
と言って会社へ出かけて行ったのに、そのうしろ姿に向かってなにさ、へんに余裕を持っちゃつて。
子どもに教える

子どものあいさつに対応している。

帰ってくるな、バカやろうなどと悪態をついただけではおさまらず、そばにいた子どもに向かってなにグズグズしてるのよ!早く学校へ行くしたくをしなさい!と八ツ当たりしてしまうのです。
父親が今晩また再開と言ったときに、母親がそうね。今度は負けないわよとでも言いながら笑顔を見せれば、そこで子どもは夫婦の味わい深さや、男女関係の奥深い魅力といったものを感じとるかもしれません。なのに突然、しかも意味もなく怒鳴りつけられたのでは、子どもは頭が混乱して、何がなんだかわからなくなってしまうし、母親に対して不信感を持つだけならまだしも、憎しみの感情さえ持ってしまうでしょう。

母さんにはまず
子供のために祈る親の姿ほど

子供たちが幼いときから言い聞かせてきました。

子どもが本来持体を傷つければ血が出るよう見せてはいけない夫婦げんかがある一方で、見せてほしい夫婦げんかもあるのしかし、です
たとえば、環境汚染のいちじるしい地球の将来を憂えて、意見を闘わせながらけんか腰で討論するとか、エネルギー不足が深刻になった時代に、子どもはどう生きるべきかにっいて口角泡を飛ばしながら言い合うことは、高度で知的なけんかとも言えるし、それを見聞きした子どもも、決して嫌な思いはしないでしょう。
そこで子どもは地球環境を大切にしなくちゃいけないんだなとか
エネルギーは無駄づかいしてはいけないんだなと学びながら、ぼくの将来のことを考えて、あんなマジになってけんかしていると、親に対して尊敬の念すら抱きます。だから私は、子どものためになるけんかなら、堂々と子どもの前で見せてやることをお勧めします。
こう考えてみると、人間としての魅力を身につけるために、向上心を持って自分を磨きあげ、努力して人間性を高めることが大事になってきます。
母さんも一緒にお詫びしてあげる

子どもを完全制覇

実は子どものしつけや教育でもっとも重要なのは、このことなのです。
親が努力している姿を子どもが見れば、親が何も言わなくても子どもは何かを感じとり問題が生じたときにも子どもなりの解決策を見つけ出す成長ぶりを見せるはずです。これが教育というものではないかと私は思います。がみがみと叱りつけてばかりいる母親にはとくに忠告しておきたいことです子どもを、羊のように隷属的な人間にしないための母親の役割数学者の森毅氏が、規制緩和問題についてのテレビ討論を見ていたら、日本では自己責任の教育がないという話になったそうです。

子どもに教える

子どもの時

うろ覚えで自信がなかったのですが、何とか用をすませることができると、相手はすっかり喜んで、何度も感謝の言葉を言って帰っていきました女性職員が帰宅後、その話を母親にすると、母親はひとことよかったね
とだけ言い
ました。娘は「お母さんは、私がこういう話をすると、いつもよかったねと言うね」
としみじみ言いました。けげんな顔の母親に、娘は「こういう話をすると、偉いねとかすごいねとか言う人が多いけれど、そういう言い方をされるといっもしらけてしまって、言わなければよかったという気持ちになる。

子どもがいます。

お母さんのよかったねという言い方、好きよ」と話したといいますよかったね偉いねという言葉は、どちらもほめ言葉に聞こえます。しかし実は、大きなニュアンスの違いがあります。偉いねという言い方は、客観的な事実、あるいは言う側の評価を述べているにすぎないということです。キュリー夫人は偉かったとか、エジソンはすごかったと言うのと同じで、発言者の心が表現されていません女110六その点、よかったねという言葉には、共感の意味が含まれています。さらに言えば、あなたのような子どもを持って幸せだという、母親の幸福感までもが含まれています母親は、自分の気持ち、自分の幸福感を子どもに率直に伝えてほしいと思います。

 

中学の三十五年ぶりのクラス会です。

教育に活かして欲しいと考えてるんですそういう意味教育熱が高まっている

子どものわずかばかりの長所でも、心の底からそれに共感することで、自分の幸せを伝えてほしいと思うのです。
アドラー心理学では、それをYOUメッセージから1メッセージへという言い方で表しています。つまりあなたは偉いではなく私は幸せと言ってやるほうが、子どもはずっと幸せな気持ちになれるということです。
母性の行きつくところは、地球との共生環境問題などに無関心だった母親が、それに関心を持ちはじめるのは、子どもがきっかけになることが多いものです新聞や雑誌などに、合成洗剤や添加物の危険性などの記事が掲載されていても、ほとんど目に入れることもなかった女性が、自分自身に子どもが生まれて初めて、自分にも関係があるのだということに気づきます。

子どもたちの発達子どものお尻がただれてまっ赤になるという現実を目にするまで、石けんは匂いだけで選んでいたのに、その成分まで調べるようになったするのです無添加の食品を買い求めようとしても、困難な問題があることもわかってきます。たとえば、お茶です。戦後間もなく、ひとりの篤志家が、農薬の使用を勧める団体とけんかをしながら仲間を集め、守り育ててきた無農薬のお茶がありました。それが、わずかな放射能が検出されたために、ある日突然、出荷停止になったのです例のチェルノブイリの放射能もれが、世界中を震えあがらせたころの話です。
経験と思慮の足らないところ
経験と思慮の足らないところ

体験を頭の中で追

子どもはほっとした表情をしていたということです。遠く日本のお茶産業にまでチェルノブイリの放射能が影響を与えてしまったことを知ったとき今度は否応なしに、エネルギー問題に関心を持たざるをえなくなりますそして、チェルノブイリの事故の後遺症は今もなお続いていて、多くの人々、とくに子どもたちが苦しんでいることを知ることになります。日本人はお茶が飲めなくなった程度ですんだけれど、汚染されているのを承知で、野菜や肉を口に入れなければならない人々の苦しみや悩みを、自分のこととして共感するようになります福沢諭吉は立国は公にあらず、私なりと言いましたが、現代人の私感覚は、立国どころか、地球をどう成り立たせ、存続させるかというところにまで広がっているといぅことになるでしょう。

母親に強くなることもありましょう。

今までは地球って何だと言われても、地球という言葉自体が、観念的で遠い世界のことのように思われていました。それがこのような現実を突きつけられて、人類が生き残れるかどうかという問題にまで意識を持ち上げ、あるいは逆に、プライベートな家庭的課
題として、次代を生きるわが子の生命にかかわるものという観点から、ればならなくなりつつあるということではないでしょうか。
身近にとらえなけ環境問題のひとつの課題として、エネルギーに関心を持ちはじめると、地球上に存在するエネルギー源、石油も石炭もあと数十年後には枯渇してしまうという情報も耳にするようになります。そして、原子力発電がさまざまな危惧を内在させ、プロメテウスの火として不安がられる要素を秘めているということになると、次のエネルギーをどこに求めようかということを考えなければならなくなります。母親まかせにしました。


教育熱が高まっている 学校の責任にすることができる。 子供に見せては困るような記事がたくさんある。